今日は。
本日は、英検・漢検の日ですね。
昨日の日記でちらりと、“身体論”という評論のジャンルを紹介しました。よく入試問題でも登場する学者が、この鷲田清一先生です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2%E7%94%B0%E6%B8%85%E4%B8%80
(哲学に興味がある人は、鷲田先生が設立した大阪大学の大学院、臨床哲学は是非一度調べてみてくださいね)
大学入試では毎年10校以上から、高校入試でも昔、星稜高校が出題したことがあります。その身体論でもひとつの大切な題材になっているのが、ファッションです。この鷲田清一先生が星稜高校で出題された時の著作も、
『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』
でした。
鷲田先生も私も、大好きなデザイナーズブランドが、Comme des Garçons(コム・デ・ギャルソン)です。
この写真を見てもそうですし、実際にNEWSにとんでもらって詳しく見ていただいてもそうですけれども、とっても奇妙な感覚を受けると思います。
服の持っているイメージを、ちょっとぶらされる感じです。
このコレクションで、デザイナーの川久保玲さんは言いました。
「最近は、ますます平凡なものが多くなったから、
変わったものの価値を見てもらいたかった」
最初におしゃれをしようと考えるきっかけって、何でしょうか。
ミュージシャンや俳優・アイドルの真似をしたかったから?
大人びた格好に憧れたから?
気になる異性がいて、気に入られたかったから?
…そう思うようになって、ほのかなおしゃれ心は、どういうところに表れたでしょうか。
一番のきっかけは、制服だと思います。
皆、同じ服を着ているから、それをちょっと着くずす。
はじめは、「お馴染み」の着くずし方から。
スカートを折って、短くする。
学ランのカラーを外し、ボタンを広くあける。
ポケットから小物をはみ出させる。
靴下を変えてみる。
ベルトの位置を下げてみる
わざとだぶだぶのパンツのサイズにしてみる。
学ランからはみ出すように、カラーのTシャツを着る。
などなど
この「お馴染み」の着くずし方は、あるイメージやメッセージを身にまといます。反抗的だ・不良っぽい、上品だ、流行に敏感だ、愛らしい、大人びた…などなど。それらのイメージと、自身の憧れる姿と、それが周囲からどううつるか…そういった駆け引きをモノにしていきます。
もう一歩つっこんだ人になると、「お馴染み」の着くずし方とは異なったアレンジを行うようになります。これは勇気がいりますね。
しかしながら、
例えば、ローリング・ストーンズというバンドが、初めはビートルズが成功したように、スーツをきっちり身にまとった上品なイメージから、徐々にメンバーが耐えられなくなって、着くずしていって、独特の不良ファッションが生まれたように。
例えば、セックス・ピストルズというバンドが、皮のパンツやデニムにTシャツ、せいぜいそれにチェーンを飾る…というファッションに飽き足らず、デニムやシャツを破って着こなしたところ、その破れかたのバランスがあまりに美しかったところから、新しいストリートファッションが生まれたように。
有名無名に関係なく、新しい定型が出来上がるかもしれません。
これは、流行に敏感なティーンが作り出したり、流行を提案している業界にいち早く反応することで、出来上がっていくものです。
僕たちはヒーローになれる…
たった一日だけならね。
(デヴィッド・ボウイ翁)
さて、ファッションを構成する要素について、私は3つ挙げました。
@「型」の持つイメージ
A自身の憧れる姿
Bそれが周囲からどううつるか
もしそれがBの比重が大きくなりすぎると、素人が見ても気付かないような微妙な差異でのみ判別ができるような、パターン化されたファッションになってしまいます。
川久保さんは、現代のそんな世の中に楔を打ち込むような、ファッションを提案しました。
そういうちょっと反抗的で、挑発的で、そして野心にあふれた感性を貫いています。彼女は今年、65歳。まさにComme des Garçons(フランス語で「少年のように」)。
是非ティーンの、感性が豊かな時代に、こんな変わった試みは見ておいて欲しいですね。
若いくせに通りいっぺんのイメージしか、ファッションに対して持っていない。こんなにもったいないことは、無いと思います。
そして保守的な石川県。
定型どおりのファッション、3年前の流行、偏った「当たり前」。ファッションでも氾濫しています。
ごんぼっち
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